松山地方裁判所 平成元年(ワ)224号 決定
(抄録)
「二 よって、判断するに、本件記録によれば、次の事実を認めることができる。
1 本件訴は、要するに、Xが平成元年四月一一日、Yとの間で『Xの自宅を利用して学習塾を開設する』趣旨の『加盟契約書』に署名・押印し、同日Yに契約金二七〇万円を支払ったものであるところ、右加盟契約は、合意がないか、Xの無知・未経験に乗じ、Yの詐欺的行為によりYが暴利を得ようとしたものであって、公序に違反しかつ法律行為の要素に錯誤が存し、無効または取消し得る行為であり、本訴状をもって取消したので右契約金の返還を求めるというもののようである。
2 右加盟契約書は二四か条から成っており、その第二四条には『本契約に関して、万一紛争が生じた場合は、Yの本店住所地を管轄する広島地方裁判所を専属的合意管轄とすることにXは承諾した。』との記載がある。ところで、右契約の締結に当って、Yの担当員であるT(松山営業所勤務)は、Xのところへ三度話に行き、最初はXに本件塾について話しただけで終り、二回目はXとその妻に塾のシステム等について説明し、三回目は塾の経営をしているというXの娘夫婦にも来て貰い契約内容について十分説明し、Xも納得して本契約を締結した。そして、乙一号証の加盟契約書の前条項を読み聞かし、第一二条、第二〇条の記載を訂正したりしたが、前記第二四条については特段の説明をしておらず、Xから質問もなかった。
3 一方、Xは、自転車店を営んできたものであるが、平成元年四月八日ころ、前記Tから『部屋を貸して塾をやらないか。』という電話があり、同人がやって来て一応の話を聞いたこと、二回目もほぼ同内容の話であり、開設資金として二七〇万円が必要であるとの話が初めて出たものの、Xとしては部屋を貸して家賃を貰う契約であると理解していたこと、三回目は娘夫婦を呼んで右Tの話を聞いたが、自分で塾を経営するということは判らないまま加盟契約書に署名・押印した(なお、XがYのいうように塾経営の責任があることを知ったのは、その三、四日後の四月一四、一五日ころ、Yの従業員Hから塾開設について具体的な手順を聞いてからのことである。)こと、右Tから契約条項を読み聞かされたが、それは棒読みをされたにすぎず、前記第二四条があることは知らなかったし、後日Y訴訟代理人からその条項について説明を受けて初めて理解できたというのである。以上のように認められる。
右によれば、加盟契約書には土地管轄について専属的合意の記載があるものの、これはYが当初から定型的に記載していたものであり、この点について契約締結の過程で具体的な話合があったわけでなく、Yから何らの説明もないのであるから、その合意の成否について疑問が存するうえ、本件訴訟においては加盟契約の成否、あるいはその効力を巡ってYとXとの間に厳しい攻防が繰り返され、関係者多数の証拠調が予想されるところ、関係者らはいずれも広島地方裁判所でなく、松山地方裁判所の管轄内に住居所を有しており、広島地方裁判所で審理を行うことになれば審理の遅延は避け難いと思われるし、右人証の取調べを嘱託尋問により実施する余地を考慮するにしても、受訴裁判所による機動的な証拠決定並びに心証形成に支障をもたらすおそれなしとしない。のみならず、Yは前述のとおり松山営業所を有し、松山地方裁判所の審理を受けても、訴訟追行上差したる支障はないのに対し、Xがもし広島地方裁判所に出廷しなければならないとすれば、多額の費用と時間を要し、訴訟追行上の支障あるいは損害が大きいことを考え併せると、本件を民事訴訟法三〇条により、広島地方裁判所に移送するのは相当でないというべきである。」